スエッコ誕生
3人目の子供の誕生である。20:54、51cm、2880gの男の子が生まれた。これで打ち止めにするつもりなので、「スエッコ」と呼ぶことにする。
ムスコが生まれたのは、総合病院の産婦人科だったので、いわゆる廊下で待っているパターンだった。カミさんが分娩室に入ったのを見届けたあと、長丁場になると思い飲み物を買いに行って両方の親に連絡を入れ、戻ってきた。閉まっていたはずの新生児室のカーテンが開いているのに気づいたが、中を覗くこともなく椅子に座って待っていた。すると、看護婦さんが2、3度目の前を慌ただしく行き来した。そのあとでようやく「もしかしてダンナさんですか?」と聞いてきた。当然のように「はい」と答えると、「もう生まれてますよ」とカーテンが開いている新生児室の窓を指差して言うではないか。ムスメは、カミさんの音楽サークルの話でも紹介した山本助産院で生まれた。助産院という名前だが、ふつうの家のふつうの部屋で生むという感じだ。ムスコの生まれたパターンしか頭の中にイメージがないので、実に不思議な感じだ。予定日よりも2週間も早い朝、いつも通り出勤しようとネクタイまで閉めて出かける直前で、カミさんが「なんか変な感じなのよねぇ。ちょっと心配」などと言い出したので、「生まれるとか生まれないじゃなくて、心配なら診てもらえばいいじゃん」と、会社をサボる口実にして助産院に連れて行った。助産院で診てもらうと、どうやらお産が近いらしい。そのつもりではなかったので、入院の支度をムスコと一緒に家に取りに帰った。長丁場になると思い、ムスコの昼メシ用のパンを買おうとコンビニに寄った(自分の昼メシは会社に持参する予定の弁当があった)。すると、携帯に電話がかかってきて、助産師さんが「出られたあと急にお産が始まって、生まれちゃいました。すみません」と言うではないか。ということで、上の2人のお産を直接見守っていない。ぃゃ、別に見守りたいわけではないのだが。見守りたくないわけではないが、なんか怖いのである。単に小心者なだけなのだ。さて、今回である。今回もムスメと同じ山本助産院。ムスメが生まれた建物から少し離れた場所に新築された建物で、部屋は洋室である。ペンションの一室のようだ。山本助産院では、家族全員がお産に立ち会うのが習わしらしい。これまで、立ち会いからどうにかこうにか逃れてきたが、結論から言うと、初めてお産に立ち会ってしまった。ダンナはしがみついてくるカミさんをしっかり支える係。子供たちは横で見ているのだが、ムスコは「助産師」「御安産」と書かれたウチワを持たされ、あおぐ係。赤ちゃんが外へ出てくる段階になると、カミさんの息む声がひときわ大きくなり、緊張が高まる。ムスコは感受性が豊かだからか、耐えられなくなって目を背けたりうずくまったりしている。自分と同じで小心者なのかもしれないが。せっかくの機会なので、「ちゃんと見とけ」と声をかけながら、半分自分に言い聞かせてみる。ムスメは実に堂々としている。まったく動揺を示さないし、逆に興味津々のようである。まだ状況を呑み込めないのもあるのだろうか。ぃゃ、これが男と女の差なのかもしれない。高まる緊張の中で、赤ちゃんの泣き声が聞こえると、急に緊張が和らぐ。ムスコのときは、泣き声は緊張が高まる声に感じたが、慣れとは恐ろしいもので、ムスメのときには逆に可愛く思えるようになっているのだ。赤ちゃんがぜんぶ出てくると、すぐにカミさんに抱かせてくれる。さっそく可愛いぬいぐるみを見たときのような声で「赤ちゃんだ〜」と、すっかり母親になっている。これがお腹を痛めた者の成せる業か。ムスコやムスメのときよりも実感が湧いているが、男親では持てない感覚だと思う。問題はここからなのだが、まだつながっているへその緒をつまんでみろと言うのだ。恐る恐るつまんでみると、血流がダイレクトに伝わってくる。スゴイ。が、やはり不気味なので、ムスコは触れなかった。まぁ、自分が親になるときに触ればよい。で、さらに問題なのは、そのへその緒をハサミで切れと言うのだ。ぉぃぉぃ、身体の一部なんだぞと思いつつ、思い切って切ってみた。いい意味でも悪い意味でも忘れられない感覚だった。名前は、まだカミさんと相談中である。自分の中では候補は決まっているが。子供に対する願いを名前にしたい。願いはムスコに対するのと同じで、「自分が正しいと信じた道を切り拓け」。これからますます賑やかになりそうである。
投稿日: 土 - 7月 15, 2006 時刻: 11:21 午後