成果主義人事の問題点

2000年代前半くらいだったと思いますが、いろいろな組織で成果主義人事制度が導入され、世の中が成果主義ブームの時期だったような気がします。でも、現在は、成果主義が必要みたいな話をあまり耳にしません。成果主義人事制度が安定的に世の中に浸透したからでしょうか。

個人的な感覚としては、成果主義人事制度は問題だらけだと思っているのですが、被評価者である現場の人間から見ると、すっかりあきらめムードになっていて、つまりは形骸化しちゃってるけど誰も文句を言わないだけという状態なんじゃないかと思っています。そんな状況を憂慮しているこちらの記事には、チェックリスト的な成果主義人事の問題点が12個も挙げられています。今回は、この12個の問題点について考えてみたいと思います。

環境とのかい離の拡大

この問題は、目標が年次や半期で固定化されているのに対して、実際のビジネスは会計年度に依存していないことによるものです。また、より問題なのは、会計年度うんぬんではなくて、実際のビジネスサイクルと目標を設定する期間を比較すると、1年どころか半期で見ても長すぎるでしょというものです。

確かに、著者が指摘しているとおりで、ビジネスサイクルと目標のサイクルが合わないことが問題と思う時期も過去ありました。でも、昇給や昇格のタイミングが年1回とか、賞与のタイミングが年2回ということを考えると、目標のサイクルを1年とか半期に設定するのは合理的と言えます。加えて、現場で当初目標としていなかったビジネスを実施するということは、当初と異なるミッションが与えられたということを意味します。それはすなわち、実際のビジネスに合わせて目標を見直せばよいということになります。そこをしっかり担保していけば、ビジネスサイクルとの整合性は取れるはずです。

期中の支援の不足

多くの組織では、成果主義人事制度のルールとして、期初、中間、期末に面談を実施していると思います。しかし、それ以外の場面での支援はあるのでしょうか。著者は、そこを指摘しています。主体性を持って取り組ませることと、成果を出すことを丸投げすることは意味が違うと思います。そこを履き違えていると、全体として成果を引き出す方向に制度が機能しないので、制度としては有効に働いていないということになってしまいます。

日頃、PDCAを回せなどと指導されることも多いと思いますが、ルールとして実施しなければならない面談もPDCAの一部です。なのに、その面談すらPDCAの役割を果たせるレベルになっていなくて、形骸化している場合も多いのではないでしょうか。もちろん、PDCAを意識した面談を実施することは最低限必要ですが、それだけではなくて、ビジネスサイクルや作業サイクルに合わせてPDCAを回すことで、成果を引き出すような営みを期中の支援として実施する必要があります。

経験学習効果の不足

個人のパフォーマンス向上には、経験学習が必要であると著者は主張しています。誰でも仕事を任されて取り組んでいますので、誰もが経験を積んでいるのは間違いありません。しかし、それが経験学習になっているのでしょうか。経験学習になっているかは、PDCAが回っているかで判断できると思います。

期初に目標を立て、仕事はやりますので、PとDは実施しています。でも、これだけでは経験です。Cはできているでしょうか。それがAにつながっているでしょうか。経験を経験学習に高めるには、CとAが必要です。PDCAをしっかり回すということは、CとAをしっかりやるということにほかなりません。

ビジョンへの関心の希薄化

著者は、毎年の変わり映えしない目標が、全社の目標に対する関心を薄れさせると主張しています。それと同時に、毎年の目標を達成した先に、組織のビジョンがあるように感じられないということも指摘しています。変わり映えしないこと自体は、それほど大きな問題ではなくて、どちらかと言うと、目標とビジョンの関係性が見えないことの方が問題ではないでしょうか。

多くの組織で掲げられる目標は、売り上げ○○円、利益××円、対前年比△△%増といったものが一番最初に来るのではないでしょうか。でも、組織のビジョンには、売り上げや利益、そしてそれらの数値で見たときの成長が含まれている場合は少ないと思います。すなわち、組織のビジョンにつながる実感が得られる目標であることをしっかり説明できるようにすることが必要だと思います。

ゴール設定力の弱体化

目標が上から→受け身の姿勢→ゴール設定力弱体化というのが著者の主張です。でも、目標が上からブレークダウンされると、受け身の姿勢になってしまうのでしょうか。従業員自身が主体的に立てた目標の総和が組織全体の目標には一致しないはずなので、個人の目標は、組織全体の目標をブレークダウンして設定すべきです。ただ、目標をブレークダウンする過程が見通せないと、組織に貢献している実感が持てなくなってしまうと思います。

提示された目標が、容易に達成できる程度の難易度でなければ、遂行するのに相当の工夫が必要です。この工夫を主体的に実施することが、能動的な姿勢だと思います。このような行動を引き出せるような目標を提示する必要があるということです。つまり、目標をブレークダウンする過程で、主体的な工夫を引き出せる目標の提示が必要ということです。

安全志向(失敗の回避)

目標達成を最優先とするあまり、安全志向となり、失敗を回避する行動を取るようになるというのが著者の主張です。これはそのとおりですね。ビジネスチャンスでチャレンジするマインドにはならないでしょう。でも、これは目標そのものの達成だけを評価しているために生じてしまうのではないでしょうか。

目標を達成することは重要ですが、目標を達成する上で主体的に工夫して取り組むということも重要であり、むしろ、従業員に対してこのように取り組ませることが、成果主義人事制度の趣旨だと思います。ここで、このような取り組みが評価されていないのであれば、目標だけの達成のために安全志向になってしまうでしょう。すなわち、目標に対する主体的な工夫に対しても何らかの評価を与えることが重要だと思います。

プロセス管理への偏重

著者が使っているプロセスという言葉は、例えば目標を売り上げとしたときに、顧客への訪問件数や提案件数といったKPIの進捗状況のことを意味しています。もちろん、これらの指標も評価の対象とすべきですが、これらがすべてというわけではありません。これらの数値を高めるための工夫や、品質を高めるための行動もプロセスの1つであると言えます。

評価する際には、KPIのように数値化できる指標の方が客観的であり、公正に評価しやすいという利点があります。ただ、容易に数値化できる行動は、その行動の意味レベルを数値化しているわけではないので、単なる数値アップに走ってしまうという問題を抱えています。そういう意味でも、これらの数値を高めるための工夫や、品質を高めるための行動が適切に評価される必要があると思います。

グロースマインドセットの毀損

グロースマインドセットというのは、努力すれば成長できるという気持ちです。成果主義人事制度によって、従業員の大多数が占める中間層がB評価やC評価となってしまいます。これによって、頑張れば報われるという感覚が損なわれているのではないかという問題です。脳科学研究によって、数値によるレーティングが問題ということが明らかになっていることが紹介されています。

この問題は、確かに大きな問題だと思いますし、根が深く、解決策を見い出すことが困難でもあります。成果主義人事制度の本来の趣旨は、努力すれば成長できるという感覚を持ってもらい、成果を最大化するところにあると思いますので、その趣旨の根幹をゆるがす問題であると言えます。

中庸意識の強化

人のパフォーマンスが正規分布とならないことが研究結果として知られているそうですが、研究結果を見るまでもなく、人の気持ち次第でどのような分布にでもなるような気がします。しかし、相対評価で無理やり正規分布に落とし込むことによって、大多数の人が平均点周辺に位置するような評価結果となります。先のグロースマインドセットの毀損と状況は似ていて、突出した成果を上げなくても、周りと同じ程度でいいやという意識が働きます。

これについても、やはり頑張れば報われるという感覚が損なわれていることが原因だと思います。正規分布の評価に落とし込むことが問題なのか、そもそも数値によるレーティングに無理があるのかはわかりませんが、現場であきらめムードがまん延しているとすれば、頑張れば報われるという意識付けを強化する方向の工夫が必要になります。

心理的安全の阻害

以前の記事でも触れた心理的安全性です。心理的安全性が高いとは、自分の思ったことを気兼ねなく発言できる雰囲気がある状態を指します。問題は、レーティングによって従業員間の競争メカニズムを組織に持ち込むので、この心理的安全性を阻害するという点です。表立って足の引っ張り合いのような状態にはならないと思いますが、協働・助け合いの意識が低くなっていくリスクが高いのではないでしょうか。

成果主義人事制度は成果を最大化することが趣旨であるはずなので、個人だけでなくチームとして見ても、成果が最大化する方向へシフトしなければなりません。以前の記事でも提案しましたが、心理的安全性を高める行動についても評価するといった工夫をすることで、心理的安全性を高めるための動機付けをする必要があると思います。

評価エラーの多発

著者は、短期業績がよかっただけで昇格したり、その逆に本来昇格すべき人が昇格しなかったりすることを評価エラーと表現しています。また、著者の言葉にもありますが、業績がよかったことと、マネージャーとしての適性があるということは別物だと思います。業績がよかっただけで昇格したマネージャーは、適性に不足があるかもしれません。このような状況では、組織に対する不信感しか生まれないと思います。

目標がシンプルであることは問題にはならないのですが、評価エラーを発生させないようにするために、評価対象に目標達成に向けた工夫や行動を含めることや、昇格判断はあくまで能力ベースで行うことを徹底するといった人事評価が求められると思います。

育成議論の不足

評価会議は過去を見ていますが、評価会議でAかBかのようなレーティング議論に終始するあまり、育成の議論がないがしろになっていないかといった問題点を著者は指摘しています。公正な評価結果とするための評価会議は重要ですが、長期に渡って成果の最大化を実現していくためには、人材育成の観点は欠かせません。成果の評価だけでおしまいでは、継続的な成長は望めないでしょう。

目標管理による成果主義人事制度は、PDCAが基本です。Checkは評価に当たると思いますが、レーティング結果だけをフィードバックしても成長に必要な課題は見つかりませんので、Actionにはつながりません。成果主義人事制度の趣旨を、従業員の能力を引き出して成果を最大化すると再認識し、人材育成のツールとして活用することが必要だと思います。

まとめ

12個もの問題点は、制度の構造によるもの、運用方法によるものなどざまざまで、解決策に関する観点が近いものもありますが、基本的にどれも重要な観点を含んでいます。要するに、成果主義人事制度は課題だらけであって、うまく運用されているように見えても、何かしら問題が潜在しているのではないかと思います。また、新たに導入していく場合には、現状の組織の活性力を損なわないように注意して制度設計し、運用していく必要がありそうです。